情報とコンテンツの端境

情報を記録するには何らかの媒体の容量を消費させなけばならない。例えばPDAであればフラッシュメモリであり、パソコンであればハードディスクであり、メモ書きを紙にするのであればノートとか、ポストイットとかである。

特に電子媒体に対しては、情報をいかにリッチに媒体に残すかという事に業界もユーザも猪突猛進しているように思える。すなわち、


 文字が保存できます、をスタートとして
 文字を手書きで保存できます。
 ヴォイスメモが保存できます。
 写真を保存できます。
 動画を保存できます。


てなとこか。今度はなんだろう?匂いか(゜◇゜)?
ハードウエアとソフトウエアはそれを実現させるべく、いたちごっこ的な進化を続けてきている。その結果が大量な記憶容量の消費となっているのである。


しかし「情報を管理する」と言う側面で考えたときに、それは本当に正しいアプローチなのだろうか?sisiaaruの酒浸りの桃色のゴーストが(O_O)、なんか違うんじゃないか〜とささやくんである。


とてもつまらない実験をしてみた。WM5の「メモ」を使ってコンテンツと容量の比較をしてみた。

まずsisimaru と書く。ファイル容量は 500bytesある。


次にsisimaru と描く。ファイル容量は1.07Kbytesある。


テキストと手書きではたったの500bytesしか違わないじゃんか〜と言ってはいけない。空のメモを作ってみるとそのファイル容量は492bytes。"sisimaru"は8つの1bytes文字であるから、492 + 8= 500で辻褄が合う。492byteは何やらノートの属性が入っているのだろう。従って文字だけの情報では8bytesと588bytesの差、実に73.5倍の差がある。


そしてヴォイスメモを使ってsisimaru と音声を喋り、保存する。
ファイル容量は 66.86Kbytesある。


当たり前と言えばそれまでだが、テキストと比較をすると約836倍の差があるのである。つまらない実験の結果は当たり前の結果が得られただけであった(・_・、)


しかし、ここで着目すべきはこれら3つのファイルの持つ情報量にどれだけの差があるのか?と言うことである。sisimaru的にいえば、差異は「全く無い」。どれもsisimaruなのである。つまり、sisimaruと言う情報を記録させるためには、テキストがもっともアーカイブ性に優れているのである。


そして検索性という点においてもテキストが最も優れている事は周知の事である。Tomboの紹介でも書いたが、(http://d.hatena.ne.jp/sisimaru_i/20060102/p1正規表現が検索に使用できるソフトがあれば、無敵であると言っていいであろう。(むしろ、テキスト以外のコンテンツに対してパターンマッチングの手法が(少なくともWM5上では)実用レベルで確立されていない事が問題と言えるかもしれない。)


しかし、テキストじゃぁ表現できない内容もあるだろぅ(-.-#)このぼけなす、と言うことも無論ある。そりゃそうだ。例えばベリー着エロな倖田來未(祝レコ大ヾ(^v^)k)のビデオクリップを文字で表現するのは不可能である。しかしこれは倖田來未のビデオクリップとの関連づけ、と言う簡単な手法で解決できる。倖田來未のビデオクリップは「情報」ではない。堪能すべき「コンテンツ」である。それを見るためのコンテンツは可能な限りリッチであるべきだが、それを情報として紐付けするための環境は可能な限りシンプルであるべきだ、と思うのである。


やれやれ…
酒浸りの桃色のゴーストがオーバーヒートしそうなのでこの辺にしておくが、何が言いたかったかというと、こんな理由で新年特別セールをしていたPhatNotesを購入しなかったんだ、と言う理由を延々と書いてみたのである。SISIMARUは情報整理はテキストで十分!これが今現在の結論なのである!

`_´話が長いぞ〜